凍苑迷宮図
         〜789女子高生シリーズ
 


      



三木コンツェルンと某アメリカ資本商社との提携記念にと催された、
調印式典とそれを祝すレセプションの場へ躍り込み。
大型ナイフを振りかざし、
相手方のCEOへと突っ込んで来た狼藉者があったのだが。
通訳に扮してCEOの間近に控えていた島田警部補が、
それは見事な手際で凶器を撥ね除け、相手もその場へ叩き伏せたのとほぼ同時。
身の回りに不穏な空気があったのでと、
恒例の花束贈呈も省略され、この場へは来ていない身だった筈の、
久蔵お嬢様とそのお友達という3人の女子高生もまた。
楽団の一員として紛れ込んでいた、襲撃犯の仲間内らしい存在を、
そーれと押し倒しての身柄拘束へと及んでおり。

 「だってあの人、
  演奏用のブースから随分と離れたところでうろうろしていたし。」
 「その内、持ってたビオラケースをあの男へ手渡して。」

そちらは力仕事専任のウェイターとして潜入していた実行犯の大男。
まとっていたのも身に添うて窮屈な格好の衣装だったので、
武装を隠し持つのは無理だった筈だが、
そんな方法で凶器を渡すようにと仕組んだなら、
どんなにいかつくとも余裕でノーマーク扱いにもなるというもの。
事実、彼が自分で得物を選んだらしいそのケースには、
問題のナイフとそれから、実は拳銃や発煙筒まで用意されてあったそうで。
そんな怪しい動きを目撃したもんだから、
これはもしやしてとタキシードの男へも注目しておれば。
場内がワッという大騒ぎになったおり、
どさくさ紛れに逃げるどころか、秘書の皆さんが詰めていた方へ駆け出したので。
さては別な企みもありと見なし、その男へと飛び掛かり、
怪しい奴めと3人がかりで押さえ込んだという次第だったらしくって。

 「きっとあいつは、
  混乱に乗じて調印の書類を奪うか燃やすかするのが
  真の役目だったんですよ。」
 「それも、こうまで人の目がある中で。」
 「恐ろしいことを…。」

騒然としていた只中で荒ごとに飛び出した興奮も手伝ってだろ、
なんて恐ろしいと言いつつも、
小さな拳をそれぞれにぐうと握りしめ、
そりゃあ勇ましく憤然とするお嬢さんたちだったりしては、
説得力という点で微妙かも……。

 「ちょっと訊いてもいいかね?」

想いもよらぬ突発事態になりはしたが、
犯人も取り押さえての、その場であっさり収まったその上、
来賓の中にも怪我人や気分の悪くなったお人が出なかったこともあり。
警備陣がその甘さを少々叩かれるやもしれないが、
被害者でもあるホテルJ側は勿論のこと、
ついついしゃしゃり出てしまったお嬢様たちへもお咎めはないとのこと。
ただまあ その代わり、
保護者の皆さんからは、それ相応のお説教が降って来るのも致し方なく。
今日の催しのため、ホテルJはその館内の一部が閉鎖状態になっていたのだが、
そのエリア内の一室をお借りし、反省会と相成ったこちらの皆様。
本来、警察や機動隊は公共性のない催しには出動しないのが原則ながら、
あちらでは暴徒も出るほどのストライキやデモが起きたという
物騒な情報がなくもなかった事態ゆえ。
内密な警備を敷いたうえ、こそりと責任者でもあった島田警部補が、

  さぁてお話を聞こうかねと

未成年者ゆえにと、
その身を預かるに際して呼び出されたそれぞれの保護者、
医師の榊兵庫殿や、甘味処店主の片山五郎兵衛殿も、
いろいろな意味から事情に通じている関係者として
きっちりとお顔を揃えたところで……まずはと訊いたのが、

 「お前たちは、
  いつぞや、久蔵をマークし、不法侵入をやらかした女性ライターが、
  恥をかかされた腹いせにという逆恨みから、
  パパラッチもどきを自分たちへけしかけたんじゃないかと。
  そんな結論で一応落ち着いていたのではなかったかな?」

久蔵宅はもとより、平八の下宿先や、
厳格なあの女学園へまでも押しかけたという、怪しい記者もどきの話を聞いて。
だがだが、ネットで話題のという大嘘を持ち出したのがどうにもきな臭く。
彼らが持ち出した某タウン誌というヒントから、
マスコミやメディアという土俵の人間といえばと、
聖バレンタインデーに絡んでのお騒がせを引き起こした女性へ想いが及び。
きっと彼女が“黒幕”に違いないとの結論を導き出して。
これが私たちでないならば十分迷惑には違いなかろう、
女の嫌なところ剥き出しの報復ですわね、
でもでも、こんな程度で満足するとはやはり小者よねぇと……

 「そこまでは言ってませんでした。」
 「そうだったかの。」

ウィリアム・モリスデザインもシックな、
英国はヴィクトリア調の、やや厳格で落ち着いた雰囲気の調度を揃えたここは、
数室しかないスィートルームのリビングで。
今日の好天がそのまま、大きな窓から躍り込む室内は、
空調がなくとも十分に暖かい。
こちらの今日の宴の従業員たちの服装だった、
ややゴシック調のメイド服やボーイ服から、
それぞれの普段着に着替えておいでのお嬢様たちは。
生なりの長襟シャツにタイトなミニスカ・スーツ、
そこへパギンスを合わせた活動的ないで立ちの久蔵殿だったり、
さらさらした素材のドレープを利かせたデザインブラウスにジレ、
フリンジの利いたハレムパンツのような、ミディア丈のパンタロンという、
比較的優雅な格好の七郎次。
そうかと思えば、こちらさんは何の扮装のつもりか、
細い丸襟が大きく開いた、ちょっぴりレトロなドット柄のワンピースに、
ニーハイソックスとアンクルストラップのミュールを合わせている、
アニメキャラにいそうな幼い可愛いを狙ったいで立ちの平八と、
日頃行動を共にする仲良しさんたちだとは、
ちょっと判りにくいかも知れぬ不統一ぶりであり。

 「だって潜入班ですし♪」
 「フロア係のバイトへも、ばらばらに申し込んだんですよ?」
 「……♪(頷、頷)」

 「おいおい。」

そうまでして、このセレモニーへ潜り込んだ彼女らだったのは、

 「あのライターさんの逆恨みにしては、
  ちょっと引っ掛かるなと思ったのが。」

まずはスキー合宿先のタウン誌をどうやって手に入れたのか。

 「久蔵殿をマークしていた女性じゃあありますが、
  私たちが去ってから発行されたタウン誌には
  関心なんて寄せないと思うんですよね。」

それと、と、愛らしい白い指を宙で振ったのがひなげしさんで。

 「彼女が特にお叱りを受けたのって、
  不法侵入よりも脱法ハーブに関してなんでしょう?」

そちらの関係者であるお髭の警部補へとピンポイントで尋ねる彼女へ、

 「…まあな。」

言を左右にしたところで、
それこそ危険なものへ接触してでも裏付けを取ってしまうようなお嬢様たちだ。
それをこそ案じてのこと、観念したように是と頷けば、

 「彼女自身は、安易にあんな程度のことへ使ったほどですからね。
  発覚した場合の大罪ぶりがリアルには判ってなかったんでしょうけれど。」

芸能人や外国のプレス関係者の間では、
煙草やお酒みたいな感覚の嗜好品にすぎないのよと決めつけて。
麻痺していたのか、それとも最初から舐めてかかっていたものか。
情報を引っ張り出そうと話しかけた女学園の生徒へ、
ほのかに嗅がせて言いなりにした件では、
遣り方が悪質すぎるとの攻勢も強く、
恐らく執行猶予もつかないかも知れないと言われており。

 「その入手経路を警察が嗅ぎ回り始めたとあって、
  関係筋が慌てたんじゃなかろかと。」

 「慌てた?」

おやと眉を寄せた勘兵衛だったのは、
想定外な方向へ話が向かいそうだったからか。

 「末端の買い手が捕まったからって、
  そこから一気に
  大元まで手繰れるってもんじゃあないのは判っておりますよ。」

勘兵衛の意外そうなお顔をどう判断したのやら、
平八は片側の目をぱちりと見開くと、

 「ただ、あの女性ライターさんには特別な監視をつけてたか、
  若しくは、何でも協力するぞというところまで持ちかけていたら?」

そうと付け足し、

 「久蔵殿のお屋敷の敷地へ入り込めたなんて、
  相当に荒ごと慣れしてなきゃ無理ですしね。」

鉄柵の塀の高さや武者がえしの鋭さを思い出したか、
うんうんと感慨深げに頷いた平八は、

 「それと、久蔵殿への接近者たちだけなんですよ、
  そこまで大胆なことをしたのって。」

  八百萬屋の周辺でうろついてた輩は
  怪しんだゴロさんがちょいと撫でただけで逃げ出した。
  女学園へとやって来た顔触れに至っては、
  お邪魔しますとインタフォン鳴らして、
  そりゃあ穏便に通してもらっておりますのにね。

 「久蔵殿の身辺に張り付いてた彼女だとあって、
  何か情報を引き出したかった連中でもあったとしたら。
  そういうおっかない手合いが本当の黒幕で、
  あのライターさんが捕まってしまったんでと、
  今度は彼らが乗り出して来ての、何か企んでいるのなら。
  女々しい報復沙汰どころじゃない、実は大ごとなのかもしれないぞって。」

そうと思って、
久蔵殿が顔を出す予定になってる
大きめのイベントを絞り込んでたんですが、

 「一応 サーチの網を張ってたところ、
  ここ最近、脱法ハーブがらみで検挙された顔触れとやらに、
  今回の調印相手の商社の関係者と
  いろんな形で接触した人が出るわ出るわ。」

関係物資の移送を担当したトラックや契約タクシーのドライバーから、
会食のセッティング担当のケータリング業者さん、
クラブのホステスさんや黒服さんまでと。
来日した関係者の方々と、融通を通したり話が通しやすいという格好で
少なからぬ“馴染み”になってた人たちばかりな上に、
進行事情や手配の断片を拾って来れる立場の人ばっかりでもあって、と。
とんでもない情報までも、しっかと収集していたらしい彼女らな上に、

 「そうしたら、
  勘兵衛様が狙撃されてしまうなんて事が起きたじゃないですか。」

ここまでは平八がすらすらとまくし立てていたのだが、
この事実ばかりは、その至近で見聞きした七郎次が口にして。
なにせ、何の前振りもないままという唐突に、
しかも、二世に渡って勘兵衛を心から慕っておいでの白百合さんには、
彼を失うことへ通じそうな、それは生々しい惨事でもあって。
銃声に弾かれて倒れ込んだ彼を目の当たりにするなんて、
そのまま世界中が頽れ落ちてしまうほどの一大事だったに他ならず。

 「……っ。」

どれほどのこと驚いたかと、その折の衝撃を今また思い出したのか、
つややかな金の髪を震わせて、
七郎次が苦しそうに自分の二の腕をぎゅうと抱き締める。
大切なお友達のそんなお顔を見ていられずか、
すぐお隣りに座していた久蔵が、白百合さんの細い肩を引き寄せて。
励ますように うつむいた額同士をこそりとくっつけて見せ。

 「………。」

そうまでも切ない姿には、
さすがに勘兵衛自身もその身へ堪えるものがあったのか、
冴えて鋭角だった視線を、心持ち落としてしまったものの、

 「今日の調印式がどうやらビンゴらしいと、
  勘兵衛様が教えてくれたようなもので。」

 「………こら。」

けろりんとお顔を上げた七郎次だったのはともかく、
だって、確かに運び込まれた筈の病院にいらっしゃらないばかりか、
病院の側でも救急の患者を受け入れたという動きさえなかったなんて、と。
これは平八が、病院のカルテや運営関係のデータを“覗き見”してチェックしたらしく、
結果、少々呆れたような眇目になっており。

 「勘兵衛殿が独断で、
  私たちへ大人しくしていろと言いたかったか。
  いやいや、それにしては度が過ぎる遣りようですよね。」

銃声を演出したのは、
シチさんチまで一緒に来ていたのに少し離れていた佐伯さんでしょうか。
相変わらず息の合うことでと、至って冷静に分析してのけてから、

 「久蔵殿の挙動をマークしていたほどの連中ですものね。
  他でも、色んな方面からの接触を繰り出してのこと、
  様々に情報を集めて綿密な計画を練ってもいたのでしょうけれど。
  そんな中で式典当日の警備の配置や手筈が、
  これまた調印式を狙う輩にリークしていたとして。
  そのチーフ格が不慮の事態で倒れたなんて、
  向こうの陣営にしてみりゃこれ以上はないラッキーでしょうしね。」

  油断しまくり、大胆不敵に乗り込んで来るだろう輩を、
  こっちも余裕錫々で待ち受ける罠だったのでしょう?

 「標的にされていたあのCEOさんには 打ち合わせてあったんですか?」

  シチさんさえ騙し討ちにしたんだから、
  何にも言ってない方へ賭けますが。

  う……。

それは見事な推察の構築ぶりと、
勘兵衛の人の悪さまで見越してましたよと付け足すお茶目を吐いてから、
可愛らしいフレンチネイルをほどこした人差し指をピンと立て、
もはや ややこしい脱法ハーブかかわりの小銭稼ぎ組織ではない、
真の敵を見据えていればこその“結論”に至っていたこと、
滔々と紡ぐひなげしさんであり。
曰く、

  自分たち三華三人娘の周辺で勃発したパパラッチ騒動の根っこが、
  こたびの提携調印を妨害したかったらしき一派の画策と
  怪しく連動していたらしいということ。

そこへと気づき、
更には、様々な状況への裏付けが拾えたことで確信しもしたらしいと、
話の流れから、彼女らの思考の流れも見て取れて。
居合わせた大人らとしては、言葉もないまま聞き入る他はなく。

 「当初は、久蔵殿を掻っ攫い、
  提携を白紙にせよと
  三木さんチ側へ詰め寄ろうとでも思ってたんでしょうが。」

だからこそ、聖バレンタインデーに絡ませた何かしらを探ろうだなんて
他愛のないことへ躍起になってたあの女史を、
応援する振りして情報を取り込むアテにもしていたのでしょうけれど。

 「いざ出動としたものの、
  攫う対象にしては久蔵殿がなかなかに手ごわかったのと
(苦笑)
  そんな策だと、
  非力な少女を楯にしたという汚点が彼らの側へ残る。」

経営陣の専横とし、合併反対を叫ぶ一派の方々の中には、
イデオロギー的なところで卑劣は好まないとする陣営だってあったでしょうし。
そこまで潔癖じゃあない方々も、
資本側の横暴を責めたいなら、
世間からの非難を集める戦略はよろしくないことくらい判ったはず。

 「だから、会場へ爆発物を仕掛けるとか、料理に毒を混入させるというような、
  関係のない被害者が出るよな手も使うまいと睨んでおりましたのに。
  そんな中、
  勘兵衛殿が狙撃されるなんていう事態が発生したじゃあないですか。」

久蔵殿を攫えないとなった時点で方針転換をしたのなら、
事前にそこまで物騒な騒ぎを起こすような段取りはさすがに避けたはずですが、

 「まさかに彼らの間で仲間割れでも起きてたのかって、
  一報を聞いたときは冷や冷やしましたが。」

面会謝絶とされた病院の状況をネットから覗き見したところ、
あっさりとボロが掴めて拍子抜けしたこちらのお嬢様たちと違い。
自分たちの企てじゃあないとの確認が取れた彼らにすれば、
単なる警察への怨嗟からの狙撃と解釈した上で、
すぐ翌日の警護の陣営に乱れありと踏んだ。
さぞかし意気揚々と襲撃の執行にかかったことでしょうね。

 「そして、
  こんな恐ろしい反対派が付きまとう事業体との提携なんて真っ平と、
  三木コンツェルンサイドへ思わせるため。
  極めて派手に、センセーショナルにと、
  凶器を構えてあの刺客が躍り込んだのでしょうが。」

結果はまんまと島田警部補の罠に搦め捕られて終しまいっと、と。
その顛末までを語り、
にっこり微笑って“ご清聴ありがとうございます”
なんてなお顔になったひなげしさんと、
やったやったと、悲惨な事態にはならなくてよかったねぇなんて、
にこやかにお手々を取り合う、
白百合さんと紅ばらさんだったりしたものだから。

 「う…。」
 「う〜ん。」
 「あのなぁ。」

果たして“めでたしめでたし”としていいものか、
複雑微妙、
しょっぱそうなお顔になるばかりな、保護者の皆様だったりし。

 “考えなしな鉄砲弾でも困りはするが。”
 “ここまでしっかと足場を固められてはな。”

危険なご乱行には違いないとか、
相手がもちっと腕力があったなら振り飛ばされてたぞとか、
周囲の皆がどれほど案じたかとか、etc.
大人なりの反証のしようがないワケじゃあないけれど。

 「なにか? ゴロさん。」
 「…お腹空いた。」
 「あ、アタシもです。」

  ほら、オードブルの中に
  エビとアボカドのスライスを
  サラダ菜でくるんでライスペーパーで巻いた
  カナッペがあったじゃないですか。

  ………vv(あった、あった)

  ヘイさんたら余裕〜〜。

きゃっきゃとはしゃぐ様子がまた、何とも愛らしくって。
こんな時だけ、無邪気な女子高生に戻るなんて卑怯だぞお前らと、
胸の内にてしみじみと思ったのは一体誰だったことなやら……。







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 *ここで終わりじゃあ何とも尻切れトンボですよね?
  ややこしい理屈繰りでしたが、もちょっとお付き合いくださいませ。


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